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中小企業のための労務管理入門

メンタルヘルス

このページでは、東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野の島津明人准教授の講義を取り上げていきます。テーマは「これからの職場のメンタルヘルス:ワーク・エンゲイジメントに注目した組織と個人の活性化」。

この講義は、経営学、医学、心理学など、分野を横断した科学的視点で分析されていて、とても説得力のあるものでした。

スライドにパワポ画面を映し出しながら、何の資料も見ずに丁寧で理路整然としたプレゼンで、とても鮮やかでした。

以下長文ですが、講義メモです。

これからの職場のメンタルヘルス

従来、職場のメンタルヘルス(こころの健康)の問題を考える場合、働く人たちのセーフティネットとして、弱いところを支えていくという考え方が主流だった。

しかし、これからの職場のメンタルヘルス問題は、働く人の強みをいかにして引っ張り上げていくか、ということに重点を置くべきだ。

キーワードは「ワーク・エンゲイジメント」。これは、健康で生き生きと働くことを指す。

いま職場で何が起こっているか?

・失業率の高止まりが起きている。→雇用維持が難しい。→自分の雇用は自分で守るしかなくなる。

・頑張っても報われない状況→活力の低下した組織と従業員が増加した。
・組織のあり方が変化した。タテ型(トップダウン)→従業員同士が水平・ネットワーク型の組織へ。つまり、組織に従属していた状況から、個人の責任が問われる、独立した個人の組織化が起こっている。

そのような状況下で、どのようなメンタルヘルス対策が求められるか?
⇒「決められた仕事をやるだけ」ではなく、自律的に「さらにその先へ」進める人材が必要。そのため、従来のストレス要因を低減させるだけのメンタルヘルス対策では、不十分。
⇒個人の強みを伸ばす組織づくりに必要なメンタルヘルス対策が必要となる。

従来のメンタルヘルス対策は、疾病、損害、障害、不具合といったネガティブな要素をいかにして少なくしていくか、個人・組織の弱みをいかに改善していくか、治療や予防をしていくか、といった、マイナスをゼロに戻すといった弱みを支えるという考え方が中心だった。

しかし、これからのメンタルヘルス対策としては、ポジティブな結果を出し、個人・組織の強みを伸ばし、治療、予防でなく、成長へと導き、プラスにしていくことが求められる。

そのためには、産業保険などの医療の分野と、経営の分野がタッグを組んでいく必要がある。

元々、医療と経営の分野は、良い関係になかった。医療から見ると、経営というのは、生産性を上げることに重点が置かれ、働く人から搾取する、というイメージがあったからだ。

だから、お互いが協調するためには、共通の旗印、キャッチフレーズが必要となる。

それが「ワーク・エンゲイジメント」だ。

ワーク・エンゲイジメントとは?

WHO(世界保健機関)は、健康問題を扱う国連の機関であるが、WHOにおけるこころの健康の定義は、下記のようになる。

こころの健康=個人の持つ能力を発揮し、生活のストレスに対処でき、”生産的で充実して働くことができ”、地域にも貢献できる状態

⇒”生産的で充実して働くことができ”という部分が注目ポイント。うつじゃないなら心が健康、というわけではない。これが新しいものの見方だ。

ワーク・エンゲイジメントは、オランダの心理学者、シャウフェリが唱えた概念。もともとは燃え尽き症候群(バーンアウト)の専門家だった。それを研究していくと、燃え尽きてなければ健康か?という問いにぶつかった。

いや、ちがう。燃え尽きた状態のバーンアウトとは反対の概念である、ワーク・エンゲイジメントという概念に注目した。

それは、
1.仕事に誇り(やりがい)を感じ
2.熱心に取り組み
3.仕事から活力を得て、活き活きしている状態
だという。

これは、「夢中型の努力」ともいうことができる。

特徴を列挙すると、
・楽しみ、有意義
・重要性の認識
・内発的動機づけ
・現実的な目標設定
・自己評価はプラス
・I want to work.の状態
となる。

一方、その対概念で、ワーカホリズムという概念がある。
いわば働き中毒だ。

これは、仕事を頑張ってやっていることには変わりないが、「我慢型の努力」といえる。

特徴を列挙すると、
・不安の回避
・楽しくない、やらされ感
・外発的動機付け
・非現実的な目標設定
・自己評価はマイナス
・I have to work.の状態
となる。

2つの概念と健康や仕事との関連

ワークエンゲイジメントな状態だと、

・不健康・・・下がる→つまり健康になる
・生活満足感・・・上がる
・仕事のパフォーマンス・・・上がる

ワーカホリズムな状態
・不健康・・・上がる→つまり不健康になる
・生活満足感・・・下がる
・仕事のパフォーマンス・・・あまり変わらない

このような関係性がある。

また、ワーク・エンゲイジメントの状態だと、体内の炎症反応が少なくなり、心理的なストレスが減少した、という実験データが存在する。

一方、ワーカホリズムの程度が高い状態だと、腰痛のリスクが高くなった、という実験データが存在する。

このように、働き方が身体と密接に関わっているといえる。

ワーク・エンゲイジメントの状態を高めるには?

上司の活力が部下にも伝わっていくという実験結果がある。あの上司みたいになりたい、と真似をしたり、部下の良いところを探し、良いフィードバックを行うなど、上司のマネジメントの良さがその要因と考えられる。

つまり、良い上司になれるような教育も必要だ。

また、個人、組織を活性化させるにはどうすればよいか。

仕事の要求度が高いと、心理的ストレス反応が増えてしまい、健康障害へとつながってしまう。仕事の要求度を低減させることに注目したのが、従来の考え方だ。

しかし、それに加え、セルフケアで「個人の資源」を高めつつ、管理監督者教育や、職場環境を改善していくといった「仕事の資源」を高めていくことが、ワーク・エンゲイジメントにつながり、一人ひとりが持っている強みを引き出すことができる。

頑張っても報われないとどうなるか?

ある犬に対しての実験がある。

ブザーが鳴って数秒後に電気ショックがある環境を設定される。
電気ショックは痛いので、回避行動をとる。その後、犬の手足を縛り、逃げようとしても逃げられないようにする。すると、逃げようとする努力すらしなくなる。頑張っても報われないことを学ぶと、無気力になってしまう。それが「学習性無力状態」だ。

その時の血中成分を調べてみると「セロトニン」という成分が減っていた。これはうつ病のときと同様の症状だ。また、消化器系で潰瘍ができていることが多いことが分かった。

(注:検索すると、アメリカの心理学者セリグマンの犬の実験のようです。詳細は異なっているようですが、講義内容に沿った内容で記述しました。)

管理職として、頑張ったら報われるような状況を作っているかが重要だ。

山本五十六にみる上司の望ましいサポート

山本五十六は太平洋戦争時の海軍の軍人。マネジメントがうまかったと言われている。

山本五十六語録に下記のようなものがある。

やって見せて
言って聞かせて
やらせて見せて
ほめてやらねば
人は動かず

この言葉は、行動科学に則った、理想的な内容になっている。
「やって見せて」=モデルの提示
→自分の先を見通しやすくなり、やればできるぞ、という自信につながる。

「言って聞かせて」=仕事の重要性・意義の伝達
→どんな仕事でも、意義があるということを分からせてもらえる。その結果、納得感をもって仕事ができる。

「やらせて見せて」=試行機会の提供
→段階的に成功体験を重ねていける

「ほめてやらねば」=ポジティブフィードバック
→自己を肯定的に振り返ることで自信につながり、自発的に行動できるようになる

この山本五十六の言葉は、理想的な上司のあり方だ。

組織と個人の活性化

昨年12月、50人以上の企業で、ストレスチェックが義務化された。厚生労働省では、57の質問項目を推奨しているようだ。しかし、これだけでは、職場の悪いところを見るだけになってしまう。

あと23項目増やせば、職場の良いところを見ることができ、組織の資源を高めることができる。ほんの5分程度時間を延長すればできる。

企業での取り組みの例

組織資源の向上を通じたワーク・エンゲイジメントの向上活動の例として下記が挙げられる。

・トヨタファイナンス
 職務と係った時間の洗い出しを行い、可視化する。そこで、忙しい部署を助けたりと協力し合える体制をつくる。→お互いが感謝し合える関係になった。

・JR西日本
 頑張っている人をクローズアップして、称える体制をつくった。

・マツダ
 「花束カード」に、ありがとう、の気持ちを書いて掲示する。

・ヤフージャパン
 感謝を伝える社内のポータルサイトを設置し、それぞれが感謝の言葉を書き込む。

・サイバーエージェント
 一ヶ月に一回人事異動を行い、人と仕事のマッチングをスピーディーに行っているが、人の顔と名前が一致しないという弊害も。そこで、人事異動の都度、ウェルカムバルーンというくす球を使い、新しく異動してきた従業員を歓迎する体制をつくった。

・J社
 誰がどの資格をもっているかを掲示する。あの人のようになるために、この資格を取ろう、という目標になる。

また、職場の助け合い、コミュニケーションが減少している職場では、心の病が多い傾向にある。チームで仕事を進めることが重要だ。

仕事外の要因に注目した対策

・余暇や気晴らしが、ストレスを低減させる。

・週末の過ごし方が不十分だと、心血管疾患の死亡リスクが増加する。

余暇、気晴らしなどをしっかりと取ることが重要だ。

今後ワーク・エンゲイジメント研究を進めていくためには、健康科学、産業保険、経済学、経営学、理工学などがタッグを組み、社会全体の活性化へとつなげていく必要がある。

やりがいのある仕事へ

【講義を聴いて】

多くの実験結果に基づいた理論や主張の説明の上手さに聞き入ってしまいました。

労働時間の長さだけが労働者の健康を害するわけではなく、仕事にやりがいや楽しさを感じるといったような、捉え方、考え方の違いで、心や身体に与えるストレスが変わってくるのだということがよく分かりました。

労働基準法では時間の長さで画一的に区切って、違法か適法かを決めていますが、実際のところそれだけで労働者の健康を害すると決め付けることはできない、ということになりますね。

今後は、ワーク・エンゲイジメントを高めるような企業での取り組みが重要になっていきますね。(岩﨑)